white cat w/ blue eyes

就活、キャリア、趣味など

ZONE

 ゾーンに入る瞬間がある。

 

 周囲の音は途絶え、自分が意識して見ているもの以外は何も見えず感じない。意識して見ていたはずだが、もはや無意識の領域に陥っている。自分がどういう体勢で、どこに居るか、何時であるか、などはとっくに忘れ去られ、ただ物体としての身体がある。ただただ静かで、だけど頭はフルスピードで回転して、その瞬間が記憶に刻まれていく。

 

 誰にだって、このゾーンに入る瞬間はあると思う。試合本番のレースで走っているとき、買ったばかりのギターを弾くとき、ついに手に入れた本に読み耽るとき。生活の様々な瞬間で、何かに熱中するとき、それもかなりの情熱や興味が何かの対象に傾けられた時に起こる。なかなかこのゾーンに入ることは意識すると入ることが難しい。予期せず意図せずに、ふと気づいたら超集中空間に入っていて、それは後になって気づく。

 

 振り返ってみると、私はゾーンに入る時が何回かある。それはかなりの確率で電車内で発生する。大学1年次、最寄駅6:00の電車で2時間かけて兵庫→大阪→京都→滋賀の順に2府2県を跨いで大学に向かい、終電23:00頃の電車でまた2時間かけて帰路に就くのが毎日だった。その電車は様々な人が溢れかえっていて、混沌としていた。私は座席に座り、往復の電車内で大学の課題をしていた。パソコンを開いてエッセイや論文を書く日もあれば、読書や英語の勉強をする日もあった。なぜか2時間の通学にも関わらず、いつも一瞬であった。停車する駅は数え切れないが、気づいたら自宅の最寄駅についている。そして大学の図書館で勉強するよりもはるかに早い速度で課題が終了し、その完成度も高い。

 

 これは現在でも電車に乗る度に読書などをすると起こる。机に向かって勉強する時とはまた違う、超集中化された状態である。おそらく、何かしらの環境条件があって、それが自分の集中するのに最適な条件とベストにマッチしているのだと思う。周囲の人の目線、静か過ぎず煩すぎない音、到着駅までの時間的制約とそれによる緊張、最適な温度などだ。それらが揃う最適な環境は自分にとっては電車であるのだ。

 

 それは不思議な状態である。集中が深層レベルにまで到達し、脳が普段よりも数倍使用され回転し、身体と精神が分離した状態。物体としての身体が意識の外にあり、取り残されているような状態。精神だけが、ある一点に極度的に集中が傾けられ、そこで彷徨っているかのよう。まるで自分が無いような状態。

 

 ゾーンとは、脳が身体から分離して精神の深層レベルにある空間に飛び込むことを指すのでは無いだろうか。